2006年06月23日
2006.6.23
大きくはないが狭くもない、あの川に沿ったあの道は、この時期、靄が立ち込めた。
私は、暗い道と呼んだ。普段あまり通らないのは、その道と平行して30メートル程先に、
それより広い道があるからばかりではない。
その道は、川の流れのまま、不規則に柔らかく蛇行していて、決して長くはないのに先の知れない、
トンネルのような異界を感じた。その頃の私は、尋常なく異界に敏感だった。
それくらいに、異界は、常に私を見張っていたし、その入口は、いつも突発的に私の目前に出現した。
道の途中に、一本の大きなネムの木があった。
「あの葉っぱなでるとお辞儀するのよ」
誰かに言われた。だけど、あの木は大きくて背も高かったから、私は一枚の葉にも届かなかった。
私はその植物に、まだ触れたことがなかった。
…この時期だったような気がする
風に身を委ねた靄の風景は、私の記憶を曖昧にしている…
大木は、夢のような鴾色の花をつけた。
ぼうっと放たれる…、その花の存在はあやふやで、私は、もっと近くに行きたいと思った。
「あっちの道でお祭りがあってる」
私は、あの花が咲くと、心の中でそうつぶやいた。
雨上がりの湿度が、鉛の如く全身に張り付いて、あまり上手に歩けない。
私は、うっかり、あの道を歩いていた。異界の口が開いていたのだ。
あとずさるのは、前進するより恐い気がする。隠し事は背中に隠した。
私は、なるべく前だけに集中して、その道を丁寧に進んでいった。
「…お祭りがあってる」
なんという軽やかさだろうか!ネムの花々は、美しい生まれたての羽でできている。
ほら、あんなに高い所まで、たくさんの花が留まっているよ。
すれちがう瞬間、木がお辞儀した!
立ち止まって、私もゆっくりお辞儀した。
そして、またそうっと歩き出した。
もっと、じっくり、その木を見たいと思っていたけど、その行為が無礼な気がして出来なかった。
礼儀正しい会釈の挨拶。私は、このきっかけで異界を味方にした。
異界は、それから私にやさしくしてくれる。
「ネムって、『合歓』って書くんだね」
だいぶん大きくなってから、ある人に言われた。
(歓び合う)
この表記は、合歓の木にとても似合っている。こういう発見は、私もいつか、特別な人に教えたい。
靄が出ている。
…今日も、すべからく合歓の木は、ゆっくり合掌してからお辞儀をする。
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- at 17:02
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