2005年10月13日
2005.10.13
壺の中の金魚に名前はない。
去年の夏は、その水面でスイレンの黄色と白が地味に競った。
スイレンの深緑の葉は、突き刺さる日光を避けるのに絶好だったし、
その隙間をたまに横切る金魚の尾びれは、それらを歓迎して見え隠れしていた。
金魚は全員で5匹いた。
それぞれが思い思いの色で浮いたり沈んだりしていた。
その壺は、裏庭のよく陽のあたる一角に、水道口と対座して陣取り、
厚焼き土色のその風体は、きっぱり主役を好まない潔さがあった。
故に、地味なスイレンもよく映った。
ましてその中に金魚がいるという感覚は、稀に出会うかの輝石であった。
観賞用のはずの金魚が、観られることを放棄して、好きに壺の中で遊んだ。
私は夕暮れの頃、その壺を覗いた。その頃が金魚に会える確率が高いからだ。
私はほぼ毎日会いに行った。金魚はいつも決まったものが迎えてくれた。
餌をやるでなく、ただぼんやり眺めているのが好きだった。
私は、それから暫く家をあけた。たまに金魚は思い出した。
まだ5匹全員に会ったことないのが気になっていた。
冬に帰ると、その壺は限り無く殺風景になっていた。
スイレンの跡形もなく、水面は銅製の鏡のようにかたくなであった。
そこに金魚の影はなかった。母に尋ねると、…おそらく全員死んでしまったのね、と返ってきた。
だけど、その壺は変わらずそこにあった。
春が過ぎ、夏は燃え、昨日、洗濯物を取り込みながら、私はなんとなく壺の中を覗いた。
‥赤と黒の斑点がある、淡く透き通った金魚がプカプカ泳いでいるではないか!
その模様に見覚えはなく、だが、あの金魚の仲間の1匹だと疑わなかった。
金魚は底なし壺に吸い込まれたと、あの日決めてしまった私の予測は、嬉しくはずれてくれたのだ。
私は、両親がまた新しく違う金魚を買ってくるとは思えなかったし、実際そういう事実はなかった。
生きていたのだ! その壺には、現在1匹の金魚が棲んでいる。
私はこれで、5匹のうちの3匹に出会った。あと2匹…
ある日あの壺を覗いたら、底なし壺の時空を超えて、まだ見ぬ2匹も会えるかもしれない
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- at 17:17
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