2006年03月18日
2006.3.18
わすれな草を、わすれな草と知らない頃、
私は、わすれな草が好きだった。
初めて見る小さな花。しかも、ピンクとブルーが茎の上で花束になってる。
正確には、ツボミがピンクでハナがブルー。それは本当に小さくて、私は、
宇宙で自分だけしか知れない秘密を見つけてしまった興奮に、キュキュって胸が高鳴った。
石垣の隙間、踏みしだかれた硬い畦道、用水路のひび割れ、
整理されてない山路のわずかに陽の射す斜面…
わすれな草は、いつでも、あまりにさり気なく咲いていた。
私はそれらを丁寧に探して、そして、必ず見つけ出した。
時折、それらを母に摘んで帰ると、こんな小さな花をよく見つけたわね、
って言われて、私はちょっと誇らしかった。
しかし、わすれな草は弱かった。飾るのはガラスのお猪口。
花達は、決まって、朝日を見ないで萎れていった。
…私は、わすれな草を摘むのをやめた。
わすれな草が好きだったから、ある日、その名前を知りたくなった。
私は、期待を込めて、植物図鑑を丹念に捲った。それはあった。
「わすれな草」…愕然とした。
なんて、悲しい名前だろう。 (わすれないで…)
そのニュアンスがだめだった。忘れないで、そう願うくらいなら、私は、忘れられた方が心が晴れる。
その願いは、あまりに他力本願で、エゴイストで、成就されない、
独りよがりのセンチメンタルを秘めていた。その響きに、幼い私は気付いてしまった。
それからの日々、わすれな草を探すのをやめた。
そんなすべてを忘れた頃、私は、花屋でわすれな草の鉢植を見た。
花は、改良されて5倍くらいに膨張し、あの淡泊なピンクとブルーは、
脳を刺激するパッションピンクとトルコブルーに様変わりしていた。
それは、なんとも異形の植物。私は、…ただ目を閉じた。
そして、心の中で思った。 (あんなことを願うから…)
そのわすれな草は、今はもう狂気としかいえない明るさで、花屋の路地を埋めつくしていた。
後悔を花びらの裏に隠して、呆然とそこに並んでいた。怖くなった。
久しぶりにこの季節、私は、幼い日の空間を歩く。
いろんな目覚めの草に混ざって、わすれな草の葉っぱを見つけた。
その葉は、まだ見ぬ世界に震えて、うぶ毛は緑をやわらかくしている。
まだ花の姿はない。
私は、わすれな草の、もう一つの名前を思い出した。 「キューリ草」
由来は、葉を揉むとキューリの香りがするかららしい。私は、葉を揉んでみなかった。
もう、この草の花とやり直すことは出来ないけど、…キューリの香りがすればいいと思う。
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- at 16:59
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